「 海苔波形 」 をご存じだろうか?
海苔波形とは、過度なラウドネスレベルの追及によって発生した 「 音圧戦争 」 の遺物である。
常にクリッピングギリギリの音圧をキープさせることで究極の音圧を追い求めた結果、
ダイナミックレンジが押しつぶされた、海苔のような波形となった音源のことをいう。
ネット情報によれば、アニソンCDの多くがこの海苔波形によって台無しにされているという。
もしそうならばそれは取り返しのつかない事態であり、そんな事態を招いたCDが憎たらしく思えてきた。
しかし、この件に限らずネット情報には裏付けが必要である。
ちょうどその疑惑のCD音源が手元にあるので、いくつか調べて裏を取ってみることにした・・・
今回チェックするのは以下の楽曲。いずれも2013年発表。
なおファイル形式はいずれも16bit/44.1kHzのWAVEファイル。
・ 『 紅蓮の弓矢 』(Linked Horizon) ・・・ 「 自由への進撃 (初回限定盤/CD+DVD) 」 から
・ 『 自由の翼 』(Linked Horizon) ・・・ 同上
・ 『 もしこの壁の中が一軒の家だとしたら 』(Linked Horizon) ・・・ 同上
・ 『 美しき残酷な世界 』(日笠陽子) ・・・ 「 美しき残酷な世界 (初回限定盤) 」 から
・ 『 Starting line 』(日笠陽子) ・・・ 同上
これらをAudacityで読み込み、以下の項目をチェックする。
・ 「 rms 」 プラグインによるRMS計測 ( 解析>Measure RMS )
・ 「 dpMeter 4 」 プラグインによるRMS/LUFS計測 ( エフェクト>dpMeter 4 )
・ クリッピングの有無 ( ある場合は赤線で表示 )
○ 『 紅蓮の弓矢 』
RMS | |
---|---|
Left | -9.6597 dB |
Right | -10.0141 dB |
ステレオ | -9.8333 dB |
アニメ 『進撃の巨人』 のOPでおなじみの一曲。
ステレオでのRMSは-9.83dB、クリッピングもかなりある模様。
クリッピングの表示がまるで血のよう・・・まさかこれも進撃の巨人をイメージしてのことなのか!?
実際に聴いてみると、どうも声ではなく楽器か効果音がクリップしてるような気がします。(ほぼ実害なし)
とはいえもともと迫力重視のかなりパワフルな曲なので予想範囲内ではあります。
ただ良くも悪くも抑揚の少ない曲というのは事実です・・・(常にフルパワー)
○ 『 自由の翼 』
RMS | |
---|---|
Left | -9.23765 dB |
Right | -9.66451 dB |
ステレオ | -9.44584 dB |
『紅蓮の弓矢』 と同じくOPに起用されたことで有名な一曲。
実は 『紅蓮の弓矢』 の終わりから切れ間なく繋げて聞くことができるようになっている。
こちらもかなり激しい曲ということもあってか、RMSやクリッピングは同じような感じに。
もうクリッピングしてるのが当然みたいになってるんですがそれは・・・(恐怖)
○ 『 もしこの壁の中が一軒の家だとしたら 』
RMS | |
---|---|
Left | -12.7724 dB |
Right | -13.2954 dB |
ステレオ | -13.0261 dB |
おそらくは上の二曲と同じく 『進撃の巨人』 をテーマにした一曲。
曲が進むにつれて徐々に盛り上がっていく、という構成は波形にも表れている通り。
上の二曲と違って曲全体で大きな抑揚を持っているせいか、RMS値がかなり低くなっています。
それでいてクリッピングはキッチリ出ているわけなのでどんだけ盛り上げんねん、という・・・(笑)
○ 『 美しき残酷な世界 』
RMS | |
---|---|
Left | -12.4823 dB |
Right | -12.2475 dB |
ステレオ | -12.3633 dB |
アニメ 『進撃の巨人』 のEDでおなじみの一曲。
OPやほかのEDと違い、かなり暗いイメージの曲ということもあってかRMS値が低くなっています。
とはいえ盛り上がる部分はしっかり作ってあり、波形にも太い部分が表れています。
○ 『 Starting line 』
RMS | |
---|---|
Left | -11.2025 dB |
Right | -11.3539 dB |
ステレオ | -11.2776 dB |
こちらはB面の曲。『美しき残酷な世界』 とは逆にパワフルな曲となっている。
■追加検証 : ボーカルだけ抜き出すと・・・?
今回検証した楽曲のうち、以下の二曲にはオフボーカルVer.が収録されています。
・ 『 美しき残酷な世界 』
・ 『 Starting line 』
ボーカルありとボーカルなしの音源をAudacityに読み込み、上手く波形を合わせたうえで片方を逆位相にすると、
ボーカル以外の部分が大幅に減衰し、ほとんどボーカルだけの音声ファイルを合成できます。*1 *2
実際やってみたところ、そこそこキレイに取り出せたので追加検証してみました。
○ 『 美しき残酷な世界 』 (ボーカルのみ版)
○ 『 Starting line 』 (ボーカルのみ版)
RMS (ボーカルのみ版) | ||
---|---|---|
『美しき残酷な世界』 | 『Starting line』 | |
Left | -17.496 dB | -16.0647 dB |
Right | -17.5132 dB | -16.0204 dB |
ステレオ | -17.5046 dB | -16.0425 dB |
ボーカルの声だけにしてみると、案外しっかりとした山が現れました。
また、ボーカルのみならRMSがかなり低いことから、楽器によるRMSの押し上げはかなり大きいということもわかります。
ちなみに結構大きな声で歌っているようです。楽器ありに合わせて作ってあるでしょうから当然といえば当然ですが。
■追加検証 : Inst
ボーカルのRMSを測ったついでにInst(オフボーカル)のRMSも測っておきます。
○ 『 美しき残酷な世界 』 (Inst) ・・・ クリッピング検出なし
○ 『 Starting line 』 (Inst)
RMS (Inst) | ||
---|---|---|
『美しき残酷な世界』 | 『Starting line』 | |
Left | -13.6195 dB | -12.0025 dB |
Right | -13.2874 dB | -12.2236 dB |
ステレオ | -13.4503 dB | -12.1116 dB |
どちらの楽曲でもボーカルより楽器の方がRMSが高いようです。
それだけ強く長く楽器を鳴らしているわけです。アニソンとしてよくある傾向でしょうか。
■余談 : 理想的な(?)海苔波形
次回以降の記事で改めて取り上げる予定ですが・・・ みたけりゃ見せてやるよ(震え声)
海苔ソムリエも絶賛間違いなしの超・海苔波形。どこで切っても良さそうな完全な海苔海苔しさを感じます。
気になる曲名は 『 Catch the Moment 』 。2017年発表の曲にして海苔波形の究極形でしょうか?
出だしから終わりまでフルパワーで歌ってるし楽器は鳴りっぱなしだしで波形通りのパワフルさがあります。
刺激的ではありますが、さすがに聞いてて疲れるかも? ( 私は良いと思います )
■余談
おもしろがって手元のCD音源ファイルを片っ端からAudacityに投入していたところ、
RMSが低くなりやすい(=ダイナミックレンジが大きくなりやすい)楽曲には以下の特徴があるようでした。
・ テンポが遅い
・ アカペラやピアノのみなどで楽器が少ない
・ 音響効果が少ない
”CDのマーケティング戦略のせいでダメにされた!” ってセンセーショナルな記事が見つかるけど、
よくよく考えてみればロックなのに音圧が低い(=RMSが低い)ってほぼありえない話であるし、
単純に アニソンにロックが多い⇒ロックはRMSが高い⇒音圧がデカい⇒ダイナミックレンジが小さい
ってただそれだけじゃないのかね・・・?
いくつかのサイトで上がってるリマスター盤との比較だって、あれはロックじゃない音楽だから問題なのであって、
もとよりバンバン楽器鳴らすわ大声で歌うわの楽曲で音圧が大きいのとはわけが違うよね。
実際、ロックではない洋楽のRMSをチェックすると大概低く出ます。
それにロックでダイナミックレンジを大きく取りすぎると小さい音が聞こえにくいし耳も痛くなりやすいので、
RMSが低いからといってそれが優れたサウンドであるという証明にはならないように思います。
調べてみると、激しい曲で9dB、ゆったりした曲で13dBくらいがアニソンでは一般的であるようです。
www.itmedia.co.jp
ja.wikipedia.org
というか Linked Horizon に関しては ”クリッピング・ウォー” が始まっちゃってる気がするんですが
それは大丈夫なんですかね・・・?(大迫力)
■加筆・修正 at 2020,11,08 18:04
「 dpMeter 4 」 プラグインを導入したのでデータを追加しました。
小数点第一位までの表示なのが若干気になりますが、RMS/LUFSに加えてPeak Level/True Peakまで測れます。
設定はリセット状態から RMS MODE を AVG に変更してあります。「rms」プラグインと同等の結果を得られます。